第4回パッシブ教とアクティブ教①
父: 「そう。パッシブ教とアクティブ教はまさしく宗教の教派みたいなもんだ。
仏教でいえばパッシブ教は多くの人々を救って極楽浄土に導く大乗仏教、
アクティブ教は厳しい修行を積んだ僧だけが解脱の境地に達するという考え方。」
娘: 「なんだかまた脱線して、投資信託と関係なくなってきてるんだけど…。
パパ、お酒が入ると、どんどん宇宙の彼方まで話がワープするよね!」
父: 「パパがワープするのは一種の“解脱”じゃ。パッシブとアクティブが対立しているのは、
弁証法哲学でいう“正”と“反”で、この対立を超克して一段高い境地に解脱することを
ドイツ語で“アウフヘーベン”(aufheben)という。」
娘: 「あのねー、ドイツまでワープしなくていいから・・・。
で、パッシブ教とアクティブ教はどっちが正しいの?」
父: 焼酎の二杯目を注ぎながら、「じつは、どっちも正しい。」
娘: 「???」
父: 「正反対のものが存在するから、世界の秩序が保たれている。」
娘: 「例えばどんなふうに?」
父: 「簡単じゃ。例えばプラスとマイナスがあって電流が生じる。
オスとメスがいて卵や子供が生まれる。売り手と買い手がいて市場で価格が決まる。」
娘: 「ニャーるほどね~。それはそうかも知れないけど、投資信託とは関係なくない?」
父: 「鈍いな~…。パッシブ教とアクティブ教があって、証券市場は維持されるのよ。」
娘: 「へェ~、そういうもん?どっちかだけじゃダメなの?」
父: 「アクティブ教の信者は、リスクの割には将来のリターンが高そうな銘柄はないかと
いつも鵜の目、鷹の目で狙っている。少しでも割安な銘柄があると判断すればそれを買って、
逆に割高の銘柄には空売りを仕掛けるわけだ。多くのアクティブ派がこれを実行すれば、
割安な銘柄は買われて株価が上がり、割高な銘柄は売られて株価が下がり、すべての銘柄で
“均衡価格”が成立するまでこれが続くはずだ。」
娘: 「ふーん? そーいうことなんだァ…」
父: 「これを“裁定取引”という。
同種のリスクを持つ2つの証券で、もしも一方が割安、他方が割高だったら、
安いほうを買って高いほうを売れば瞬時に儲かる。
プロのトレーダーたちがいつもこれをやっている結果、もはや裁定取引で儲ける余地がない状態になると
経済学でいう“一物一価の法則”が成り立つわけだ。」
娘: 「それって、証券市場だけの話なの?」
父: 「いや、どんな商品でもそうだ。家電製品を買いに行ってみな。
“他の店で当店より1円でも安い値札があれば、そこまで値引きします”と言うだろ。
競争が激しいので、家電量販店では同じ製品はどこでもほとんど同じ値段で買える。」
娘: 「結局、どのお店で買っても同じ値段なら、あれこれお買い得なのはどこかと探しても無駄だわねー。」
父: 「そう。すべての銘柄でいまの株価がつねに適正であるはずだとパッシブ派は信じているので、
何も考えずにすむインデックス・ファンドを勧めるわけだ。」
(続く)